~桜薫る、平和のまち、その礎の痕跡を辿るまちあるき~

愛知県東部に位置する豊川市。豊川市といえば、商売繁盛祈願として有名な「豊川稲荷」を思い浮かべますが、その歴史をたどりますと、戦時中、兵器を生産していた豊川海軍工廠の存在が大きく、戦後もその跡地が、さまざまな公共施設や企業からなる工業団地となり発展を支えてきました。今回は、戦争の痕跡、海軍工廠のあったまちだからこそ語られる「平和」に思いを馳せながら歩きました。

~桜薫る、平和のまち、その礎の痕跡を辿るまちあるき~

愛知県東部に位置する豊川市。豊川市といえば、商売繁盛祈願として有名な「豊川稲荷」を思い浮かべますが、その歴史をたどりますと、戦時中、兵器を生産していた豊川海軍工廠の存在が大きく、戦後もその跡地が、さまざまな公共施設や企業からなる工業団地となり発展を支えてきました。今回は、戦争の痕跡、海軍工廠のあったまちだからこそ語られる「平和」に思いを馳せながら歩きました。

  • 諏訪公園

  • 約6分

    約400m

  • 平和の像

  • 約3分

    約200m

  • 旧豊川海軍工廠正門

  • 約9分

    約600m

  • (株)ガイアート

  • 約6分

    約400m

  • テクノス(株)

  • 約18分

    約1200m

  • 豊川海軍工廠平和公園

  • 約3分

    約200m

  • 名古屋大学 宇宙地球環境研究所

  • 約17分

    約1100m

  • トピー工業

  • 約14分

    約900m

  • 旧豊川鉄道工廠線

  • 約9分

    約600m

  • 佐奈川

  • 約11分

    約700m

  • 陸上自衛隊豊川駐屯地

  • 約17分

    約1100m

  • 工廠戦没者供養塔

  • 約5分

    約300m

  • 妙厳寺(豊川稲荷)

  • 約5分

    約300m

  • 門前薬師堂

少し肌寒さ感じる朝、諏訪公園からスタート。

寒さを感じるほどの朝にも関わらず、受付開始時間前には早くもたくさんの参加者にお越しいただきました。
スタッフより、豊川海軍工廠の開発を中心とした、鉄道や幹線道路、河川の改修など、
多くの都市基盤整備が集中的に行われ、それを契機として豊川市ができたことなどの説明がありました。
その痕跡を訪ねながら、このまちの戦争を抱いた歴史と、「平和」への誓い、
今あるまちの「成り立ち」を知る、まち歩きへ出発です。

空襲の犠牲者を慰め、平和への思いをこめて。

「平和の像」

終戦直前、豊川海軍工廠への空襲でなくなった方々の霊を慰め、平和への思いをこめて建てられました。
日本でも著名な彫刻家矩幸成氏の作品であり、富山の会社が製造したものがここまで運ばれてきました。
傍らには、同時に金沢から運ばれてきた松、平和を祈念した淡墨桜も植えられています。
多くの方が犠牲になったお話に、参加者は、早くも平和の尊さを感じられているようす。
これから向かう、その豊川海軍工廠への興味もさらに大きくなったようです。

豊川海軍工廠の正門が、いま企業の正門に。

「旧海軍工廠正門」(現日本車輛製造株式会社正門)

当時の門柱をそのまま活用、表面にコンクリートの補修を施し今の姿になっているそうです。
正門前には、美しいケヤキ並木があり、この道は豊橋駅までつながり、海軍工廠建設時に造られた軍用道路でした。
今は日本車輛の製品である「鉄道車両」の搬出にも使われているそうです。
戦時の門柱が今も活用されているというお話に驚かれる方も多く、目前の広い道路にも、
ここから荷物が搬出されていたことを聞いて納得されていました。また正門のそばには日本車輛で製造したSLや
国内最初のモノレールなども展示されており、見入る方も多くみられました。

今日、歩いてきた道も、この会社の製品で舗装されているのかも。

「株式会社ガイアート」

大きな音を立てて動くプラント。ここでは道路を舗装するアスファルトやコンクリートを製造しており、
アスファルトが何層もの構造になっていることなどを素材を使って説明していただきました。
また、プラントの排熱を利用して「藻」を培養し、その利用法を探っているお話をお聞きしました。
道路の下に石片などの層があることをはじめて知ったと感心されている方もいらっしゃったほか、
「藻」の培養では、これが食品の着色料やジェット燃料の原料にもなるとのお話もありました。
また、こちらでは、この日、オリジナルお菓子も配布いただき、皆さんまち歩きの合間に口にされていました。

映画「黒部の太陽」のルーツが、ここに。

「テクノス株式会社」

広く建設事業を手掛けるこちらの会社、実は黒部峡谷のトンネルをつくった会社でもあるのです。
のちにその事業が映画化された「黒部の太陽」もこの会社の敷地にセットを作って撮影されました。
工事およびロケ当時の模様を残した貴重な写真や資料が展示されており、社員様からも詳しく説明いただけました。
「映画も見たし黒部にも行ったけど、ここで撮影したなんて知らなかった!」
「貴重な資料を見せてもらえてよかった!」と、こちらでトンネルを作られていたことや
映画のロケが行われたことに、皆さん、かなり驚かれていた様子でした。
こちらではオリジナルお菓子を配布いただきました。

東洋一と言われた軍需工場跡地で「平和」を考える。

「豊川海軍工廠平和公園」

終戦間際の大空襲で多数の犠牲者を出した悲しい歴史を持つ兵器生産工場の跡地が、
今、その戦争と向き合い平和を考える公園として生まれ変わりました。当時のままで残っている「火薬庫」や
「信管置場」「防空壕跡」などをボランティアガイドさんの説明のもとご案内いただきました。
火薬庫では風通しを良くする構造により湿気をためない工夫などもお話いただき、
皆さん、当時の技術の高さにも感心されているようすでした。また、防空壕では、
その簡易なつくりをみて「こんなので大丈夫なのかな」というような声も上がるなど、当時の様子をリアルに感じられ、
一人ひとりが少し戦時と向き合える時間になりました。

人工衛星の動きを守る、オーロラの発生も予測する。

「名古屋大学宇宙地球環境研究所太陽圏研究部」

こちらでは、敷地内にある大きな弓型の施設で「太陽風」という太陽から発せられる
磁力の風を観測し地球への影響を研究しています。その太陽風により人工衛星が影響を受けたり、
その太陽風が地球の大気に影響を及ぼしてオーロラが発生することなどをお話しいただきました。
「太陽風なんて言う言葉もまったく知らなかったので勉強になった」という声が聞かれました。
「オーロラが発生するのがわかるのですか?」という質問には、「活用している旅行会社もあります」と話され
「すごい!」と感心している参加者もいました。

工廠のために造られた鉄道が、今も活躍。

「旧豊川鉄道工廠線」

工廠開設2年後の1942年に、工廠への物資、工員の輸送のために敷設された鉄道で、一般の方は途中の西豊川駅まで乗車でき、工廠の関係者はそのまま工廠の北東門乗降場まで乗車できました。戦時中国有化され、国鉄として戦後も営業、その後日本車輌の専用線として今も活躍しています。
線路沿いには、線路ゲートの門柱が今も残っており、当時の面影を感じさせます。
皆さん、工廠のために、街にさまざまなインフラ整備が進み、鉄道まで敷設されていたことに感心されていました。
運のいい方は、この日ちょうど「製品出荷」のために、
旧豊川工廠線の橋梁を製造されたばかりの車輌が運ばれるという貴重なシーンも見られました!

流れがまっすぐ!これは昔からなんでしょうか?

「佐奈川」

南南西へとまっすぐに流れる佐奈川、実はこちらも海軍工廠のために改修されたものなのです。
この地域は扇状地で田んぼも畑も耕作が難しいほど水がとどまらなかったのですが、海軍工廠には、生産のためにも、災害に備えるためにも治水が必要とのことでまっすぐに改修され、帯川も合流するように付け替えられ現在の流れになっています。
「工場のために、川の造成までやるのはすごいなぁ」という声も聞かれたほか、
なるほど、それでこんなにもまっすぐなんだと納得されていました。
菜の花も咲き誇り、参加者にとっては印象に残る場所になったのではないでしょうか。

戦時の史料や、活動を知る貴重な機会に。

「陸上自衛隊豊川駐屯地」

昭和25年に旧海軍工廠跡地の一角に「警察予備隊豊川駐屯地」として創設されました。
駐屯地内には戦車やヘリコプター、史料館では戦時の銃器や刀、装備等の実物も展示されているほか、
国内外の災害への派遣のようすなどがわかる写真などもあり、隊員の方から紹介いただきました。
軍服や機関銃をはじめとした戦時下の軍の装備等を見ることができる貴重な機会となりました。
また、災害への迅速な出動態勢や大規模な活動には、その頼れる存在に心強く感じた参加者も多かったようです。

2,500名以上の犠牲者のご冥福を祈って。

「工廠戦没者供養塔」

終戦直前、米軍のB-29戦闘機の空襲により壊滅的な打撃を受けた
豊川海軍工廠で亡くなった方々の冥福を祈り、豊川工廠の従業員生存者によって建てられた供養塔です。
供養塔の中には、犠牲者の名簿と工廠の土がおさめられています。
戦死者の名前を刻んだ石板が台座に組み込まれており、見入る方もおられました。
その爆撃からわずか8日後に終戦ということを聞き、遠い戦争の悲惨さが身近に感じられたのではないでしょうか。

お薬師さんとして親しまれるお堂がゴール。

「門前薬師堂」

豊川稲荷前の賑やかな商店街の通りから少し横道へ。
両側にのぼりが並ぶ細い道を抜けたところ、薬師如来像のある「門前薬師堂」がゴールです。
ゴールした方には株式会社香月堂様からバウムクーヘンのプレゼントが配られました。
参加者の声をお聞きすると、「佐奈川の付け替え工事が大きな工事だったなと感心した」
「自衛隊とか、工廠の火薬庫とか、普段は入れないところに入れてよかった」
と、ここ豊川での新たな発見や貴重な体験になったことも多かったようです。
また、「距離もちょうどよくて、お菓子ももらえたので、がんばろうと思えた」、
「毎回、参加しています」と、歩く楽しさを本当に満喫していただける方も多くみられました。
皆さん、健脚を活かし、賑やかな商店街へとさらに散策を楽しみながら帰路につかれました。